【トランプ政権】移民審査に「アメリカン・バリュー」~トランプ政権の移民審査方針に見る新たな基準~
September 4, 2025
トランプ米政権の再登板から8か月。移民政策では、不法移民の拘束・送還、パロール制度の廃止、自主的退去の促進といった施策が相次ぎ注目されてきました。そして現在、さらなる焦点となっているのが、滞在資格申請に関する審査基準の変更です。
現政権下での移民政策は、不法移民の大量送還を軸に据えるだけでなく、合法的な移民制度についても厳格化を進めています。難民受け入れの事実上の停止、バイデン前政権下で導入された合法的入国プログラムの廃止、特定国からのビザ制限といった動きは「誰を米国に迎え入れるか」という線引きをより明確にしようとする姿勢の表れとも捉えられます。その一環としてソーシャルメディア審査の拡大が既に定着しており、ここからさらに踏み込んだ新しい方向性が示されました。
それは、合法的な移民制度の施行において単に法律違反の有無を確認するだけでなく、現政権が「米国にとって望ましい」と考える人物像に申請者が合致しているかどうかを、審査官が裁量をもって判断するという方針です。道徳的品性や社会規範の順守、米国社会への同化や貢献といった要素が、従来以上に重視されるようになっています。こうした流れを具体化する形で、現政権は新たに二つの大きな方針を打ち出しました。
帰化申請における「善良な道徳的品性(Good Moral Character)」の再定義
2025年8月15日に公表された米国移民局(USCIS)の政策メモで、米国移民局は市民権取得に必要な「善良な道徳的品性」の評価を、従来の消極的な基準から、より積極的な基準へと再定義しました。これまでは、市民権申請者に重大な犯罪歴や特定の不適格事由がなければ、この要件を満たすと解されるのが一般的でした。しかし新方針では、「悪いことをしていない」だけでは不十分で、「社会にとって望ましい人物像を体現しているかどうか」が問われるようになっています。具体的には、以下のような要素が評価に反映されます。
プラス要因
・地域社会への参加・貢献
・家族への責任感、扶養関係
・教育水準や職業上の実績
・経済的責任(納税状況や債務履行など)
マイナス要因
・飲酒運転の繰り返し
・習慣的な交通違反や公共の迷惑行為
・法的には違法でなくとも社会的責任に反するとみなされる行為
この変化により、評価は単なる「欠点の不在」から「積極的な美徳の証明」へとシフトし、審査官の裁量がこれまで以上に強調されることになりました。
「反米的活動」への排除強化
2025年8月19日に公表されたUSCISの政策アラートは、「反米的活動」を裁量審査における「圧倒的に重大なマイナス要因」として明確に位置付けました。これは従来の「国家安全保障上の懸念」にとどまらず、思想や発言といった領域にまで踏み込んだ点で大きな変化です。
想定されるマイナス要因
・反米的イデオロギーや活動の支持・推進・賛同
例:抗議運動や政治活動を通じた米国への批判的な行為
・テロ組織や反ユダヤ主義的団体への関与・支援・思想的共鳴
単なる物理的支援だけでなく、SNS上での支持なども含まれる可能性
・反米的発言や活動歴がSNS等を通じて確認された場合
たとえ米国外での発言であっても、審査対象となり得る
適用範囲の拡大
この基準は、帰化や永住権申請だけでなく、以下の幅広い手続きに及びます。
・在留資格の延長・変更
・労働許可証(EAD)の一部申請
この二つの方針で注目すべきは、現政権が従来の形式的な適格性審査から一歩踏み込み、申請者が米国の価値観にどの程度適合しているか、社会に積極的に貢献しているか、そして、反米的な行動とは一線を画しているかといった「米国にとって望ましい人物像」を裁量的に選別する方向性を鮮明にした点です。移民制度は、歴史的に常に時の政権の価値観や政策目標に左右されてきました。特に審査官の裁量に委ねられる主観的要素においては、変化が現れやすい傾向があります。たとえば「善良な道徳的品性」は古くから帰化の要件とされてきましたが、その解釈は、長らく「犯罪歴がないこと」で足りるとされてきました。それが今回、「積極的な美徳の証明」や「反米的思想の排除」へと明確にシフトしているのです。現政権は、移民審査に「米国の価値観」という抽象的ながら強力なフィルターを組み込むことで、申請者の社会的態度や思想的立場が滞在資格の可否を左右する比重を増しています。その結果、たとえ合法的な資格要件を満たしていても、思想や行動が現政権の掲げる「価値観」と相容れなければ排除される可能性があるのです。
実際に、コロンビア大学で抗議活動を主導した永住権保持者の学生が米国移民・関税執行局(ICE)に拘束され、数か月間勾留された事例は、その象徴と言えます。彼が直面したのは、犯罪歴や明確な法令違反ではなく、当局による価値判断に基づく「反米的」とのレッテルでした。このような事例は、主観的かつ政治的に左右されやすい基準が移民審査に持ち込まれた時、移民が自由な言論や表現の権利を自ら制限し、米国社会への参加を躊躇するようになる現実を示しています。この方針の下では、「反米的」とされる言動の範囲は必ずしも明確ではなく、審査官の解釈や政権の政策方針によって拡張され得るため、申請者にとって予測困難なリスクを孕んでいます。とりわけ基準の曖昧さは、移民申請者に発言や行動の自主的抑制を強いることになり、言論や社会参加に対する萎縮効果を避けることはできません。
パートナー弁護士
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ミシガン大学ロースクール卒業。在学中は同ロースクールの国際法学雑誌でマネージング・エグゼクティブ・エディターを務め、米国連邦第六巡回区控訴裁判所の裁判官のもとで法務経験を積む。日本、南米、米国で移民として育った経験と語学力を活かし、日本企業向けの移民法務に従事。 企業クライアント向けに、就労ビザ、研修ビザ、出張ビザ、永住権申請に関する手続きやコンプライアンスのアドバイザリーを提供するほか、実業家、アスリート、アーティストなど個人のビザ申請や永住権取得を支援するなど幅広い分野で法務支援を展開している。米国移民政策の動向に関する記事を各種ウェブマガジンに定期的に寄稿し、日系企業向けセミナーでの講演活動も継続的に行っている。