【就労ビザ全般】移民政策執行を担う主要人物の人選と第1期政権からの変化から見る第二期トランプ政権移民政策の方向性
December 11, 2024 (Wednesday)
2024年11月の米大統領選挙で再選を果たしたドナルド・トランプ氏。彼が第2期政権において最優先事項として掲げているのが、不法移民の国外退去と国境警備の強化です。選挙公約に掲げた「米国史上最大規模の国外退去」の実現に向けた政策を就任初日から進めることが見込まれる一方で、合法移民政策、とりわけ就労ビザに関する具体的な方針については、現時点ではまだ明確になっていません。
第1期トランプ政権(2017年~2021年)では、就労資格を持つ合法移民を含む全ての移民に対し否定的な姿勢を取っていた一方、今回の選挙運動では不法移民の取り締まりが中核となり就労ビザに対しては、比較的ポジティブにも取れる発言が見られました。優秀な留学生の流出を防ぐため、米国の大学を卒業した留学生に永住権を提供することを約束した点や、イーロン・マスク氏等就労ビザの拡充を求めるシリコンバレーの実業家たちが選挙運動で重要な役割を果たした点も注目されています。これらの要素はトランプ氏の就労ビザに対する考え方が進化している可能性を示唆しており、さまざまな憶測を呼んでいます。
本稿では、トランプ氏の前任期中の政策やこれまでの発言(特に移民政策におけるフォーカスの進化)から得られる洞察に加え、次期政権の主要人物が示唆する方向性を踏まえ、第2期トランプ政権下での移民政策の可能性を分析します。
I. 第1期トランプ政権の移民政策が示唆する方向性
トランプ氏は、第1期政権下で400以上の移民政策に関連する大統領令を発布しました。その結果、就労ビザ手続きが煩雑化し、日系企業を含む多くの企業が影響を受けることとなりました。特に2020年は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックが移民政策に与えた影響が顕著でした。同年3月には大使館でのビザ発給サービスが停止され、6月には一部のビザ(H・L・J)の発給が大統領令により停止されました。同年7月にビザ発給業務が再開されたものの、フル稼働には長い時間を要し、2020年度は近年で最も移民数が少ない年となりました。
H・L・Jビザの発給停止は、バイデン政権下で失効するまで継続されました。こうした動きは米国で活躍する多くの企業にとって記憶に残る出来事であり、次期政権下での移民政策に対する懸念を高める要因となっているのではないでしょうか。これらの政策はCOVID-19パンデミックにおける公衆衛生対策や失業率悪化への対応としての側面が強調されましたが、実際には国境を閉鎖し移民を制限することで、トランプ氏が従来から推進していた移民制限方針の実現に寄与する結果となったことも否めません。
さらに、トランプ氏は大統領令に加え、ビザの審査を行う行政機関(米国国務省および米国国土安全保障省)への指示を活用し、移民手続きの審査基準を厳格化しました。このような多層的なアプローチにより、前任期中にはビザ取得のハードルが大幅に引き上げられました。特に、既存の法律の再解釈や審査基準の厳格化といった変更は、法改正を伴わずに移民制度を迅速かつ容易に変更する手段として機能し、外国人労働者やその雇用主に多大な影響を及ぼします。法律の改正には議会の承認が必要となる一方で、このような変更は既存の法的枠組み内で比較的容易に実施可能であり、第2期トランプ政権においてもこの手法が引き続き活用されると考えられます。
第1期トランプ政権下で外国人労働者に影響を与えた政策の例
大統領令
· 特定国(ムスリム多数派国家)からの入国禁止令
· カナダ・メキシコ陸路国境の閉鎖とビザ発給業務停止(コロナ対策)
· COVID-19と失業率の悪化によるH・L・Jビザの発給停止(コロナ対策)
· 大統領令「Buy American and Hire American」に基づく米国民の雇用保護を目的とした審査・取り締まりの強化
米国国務省の取り組み(傘下の米国大使館・領事館は、ビザ審査を通じて米国への入国を許可する外国人を決定する重要な役割を担い広範な裁量権を有している)
· ビザ審査の厳格化(それにより却下率が上昇し、審査期間も延長された)
· 全てのビザ発給業務の一時停止(コロナ対策)
· H・L・Jビザ発給の一時停止(コロナ対策)
· ビザの有効期限の短縮、入国回数制限の実施
· 出産目的の観光ビザ取得を制限
· ソーシャルメディア、旅行履歴、家族歴などの追加情報の要求
· 大統領令「Buy American and Hire American」に基づく米国民の雇用保護を目的とした審査を実施
米国国土安全保障省の取り組み(傘下に米市民権・移民局があり、米国内での移民関連の申請を処理する)
· ミッションステートメントを「移民国家の約束」から「米国国民の保護」に変更
· 審査の厳格化による追加資料要求と却下率の増加および審査遅延
· 審査において公的扶助依存の可能性を評価(所得、学歴、資産等の審査)
· 生体情報(指紋、写真)の採取を義務化
· 一部特急申請の停止
· 延長申請で過去の許可を尊重する方針を撤回し、新規審査基準を適用
· 特定のビザの対象職業を限定し「専門職業」の定義を狭める試みを実施
· H-1B(専門職)ビザの審査において給与額を審査基準に追加
· H-1Bビザ保持者の賃金基準を引き上げる試みを実施(裁判所が阻止)
その他の取り締まり強化
· トム・ホーマン移民税関捜査局(ICE)局長代理(次期国境管理責任者)の指揮で職場訪問(不法就労の取り締まり)や監査(移民コンプライアンスの調査)を拡大
II. 第1期トランプ政権以降の変化
トランプ氏の初任期以降、政治、経済、ビジネス、社会の環境は大きく変化し、それに伴い、トランプ氏自身の移民政策に対する姿勢にも変化が見られます。初任期では、就労ビザ保持者が米国民の雇用を奪い、低賃金労働によって雇用環境を悪化させていると主張し、合法移民に対しても否定的な姿勢を示していました。しかし、今回の選挙運動では、国境警備や不法移民問題に重点を置き、バイデン政権の対応を批判する内容が中心となる一方、合法移民に関する具体的な発言は控えめであり、むしろポジティブと捉えられるものが注目されました。
イーロン・マスク氏やヴィベック・ラマスワミ氏らの影響力はいかに?
今回の選挙運動で注目を集めたのは、イーロン・マスク氏やヴィベック・ラマスワミ氏など、シリコンバレーの実業家たちによる積極的な介入です。彼らはトランプ氏の選挙運動を資金面やキャンペーンの支援を通じて後押しし、その政策形成に影響を及ぼす可能性がある存在として注目されています。特に、高技能者に関する移民政策については、「就労ビザのより容易なアクセスと増加」や「合理的なビジネス移民政策の実現」が不可欠であると主張しており、これが今後の政策にどのように反映されるかが焦点となっています。
例えば、マスク氏が最高経営責任者(CEO)を務めるテスラは、2024年だけで1,738件以上のH-1Bビザを申請しており、H-1Bビザを活用する企業トップ22にランクインしています。また、トランプ氏自身も選挙運動中にシリコンバレーのベンチャーキャピタリストとのポッドキャストで「米国の大学を卒業した留学生に永住権を提供する」と明言しました。
さらに、マスク氏やラマスワミ氏は、トランプ氏が設立を発表した「政府効率化省(Department of Government Efficiency)」という連邦政府の効率化と支出削減を目的とする委員会に共同責任者として任命されています。この「効率化」が移民政策、特に就労ビザにどのような影響を及ぼすのかは不明ですが、第2期トランプ政権において彼らが関与することで、外国人就労者にとってポジティブな動きが期待されています。
移民政策強硬派の人選による政策推進体制の強化
トランプ陣営は第1期政権で直面した課題への対応に向け、過去4年で十分な準備を整えてきました。前任期中、多くの大統領令や規制が裁判で争われ、差し止めや撤回を繰り返しました。また、レーガン大統領以降の歴代大統領と同様に、包括的な移民法改革を実現するには至りませんでした。しかし今回は、状況が大きく異なります。前任期中に築き上げた保守派多数の最高裁判所や下院・上院での保守派優位を背景に、さらにバイデン政権下で悪化した不法移民問題の解決を求める世論も味方につけています。
その戦略の一環として、ロイヤリストを中心とした人選による政権体制の強化が挙げられます。トランプ氏は今回、政策の実現に必要な人材を厳選し、その多くをロイヤリストで固めています。前任期中は、トランプ氏に任命された「エスタブリッシュメント派」の官僚が意見の対立からトランプ氏の政策を抑制する動きが見られ辞任に至るケースもありました。しかし今回は、そのような内部の弊害を防ぐ意図が明確に感じられます。特に移民問題に関しては、以下の移民政策強硬派のラインアップを通じて、積極的に政策を推進する姿勢がうかがえます。
· スティーブン・ミラー氏(Stephen Miller)政策担当の大統領次席補佐官(Deputy Chief of Staff for Policy)
第1期トランプ政権で上級顧問を務め、厳格な移民政策を設計した中心人物。「ゼロ・トレランス政策」を含む多くの物議を醸した政策を推進しました。今回はさらに攻撃的な政策アジェンダを準備していると言われています。
· トム・ホーマン氏(Tom Homan)国境管理責任者(Border Czar)
ICEの局長代理を務め、職場査察や移民取り締まりを主導した移民政策の強硬派。第2期トランプ政権では「大量国外退去」の責任を担うとされています。共和党大会で不法移民に対して「荷造りを開始すべき」と公言するなど、移民取り締まりに対する強硬な姿勢を鮮明にしています。
· クリスティ・ノエム(Kristi Noem)米国国土安全保障省長官(Secretary of Department of Homeland Security)
トランプ氏の国境政策を積極的に支持するサウスダコタ州知事。第1期トランプ政権では州兵を国境警備に派遣するなど、トランプ氏の政策に深く共感する強硬派として知られています。
彼らはトランプ氏の理念に共感し、それを忠実に実行する意志を持っているだけでなく、特にミラー氏とホーマン氏は、政策を効果的に実行するための知識と能力を備えています。その結果、特に国境問題、不法移民の国外退去、さらには「ムスリム渡航禁止令」(ムスリム多数派国家を対象とした渡航禁止措置)の再導入において、就任初日からの実行が見込まれています。
移民政策強硬派 vs.マスク氏らの相反する主張-トランプ氏はどちらに耳を傾けるのか
トランプ氏の第2期政権における移民政策で気になるのは、ミラー氏を筆頭とする移民政策強硬派と、マスク氏をはじめとする就労ビザ拡充支持派との対立です。ミラー氏らは不法移民だけでなく、合法移民も対象とした移民制限の強化を主張する一方、マスク氏らは合理的なビジネス移民政策を支持し、就労ビザの拡充を求めています。さらに、現状の4.1%という低失業率と740万人の未充足雇用がある(2024年9月)という状況が、就労ビザの拡充を求める議論を後押ししています。不法移民の国外退去が進むことで未充足雇用がさらに増加する可能性がありますが、その欠員を補う形で就労ビザの拡充が実現するか否かが、経済にも影響を及ぼす可能性があります。移民政策強硬派とテック業界リーダーの影響力が交錯する中で、移民制限を維持しつつも、経済的利益を重視して就労ビザの面では柔軟性を持たせるのか、今後の展開を注視する必要があります。
III. トランプ氏の指針
トランプ氏が就労ビザに関してどのような政策が打ち出すのかは、今後の主要人物の発言や就任初日からの動きに注目する必要があります。しかし、一貫して言えるのは、トランプ氏が「アメリカ第一主義者」であるということです。彼の政策決定の基準は、アメリカ経済とアメリカ国民にとって最善であるとの考えに基づいています(実際にそれが最善であるかどうかは別として)。
例えば、トランプ氏の過去の政策からは、メリットベースの移民を重視し、米国経済の需要に応じて、米国企業が必要とする人材を優先する政策を支持する傾向が見られます。具体的には、第1期政権において、H-1Bビザの申請者に対し、最低賃金基準の引き上げを提案し、既存の抽選制に代わり、高給与を受け取る候補者を優先する仕組みの導入を模索しました。また、トランプ氏は、他国で採用されているポイント制移民制度(学歴、職歴、英語能力、収入などに基づく評価システム)の導入を支持しました。
さらに、家族ベースの移民制度については、「チェーンマイグレーション」と批判し、移民が公的扶助を受ける可能性の有無を厳格に審査する基準を追加しました。この審査では、学歴、職歴、収入、資産などの情報を基に、将来的に公的扶助を受けるリスクがないかを判断する仕組みが導入されました。これらの政策には、従来の多様性や家族の絆、亡命者の保護といった社会的・人道的価値観よりも、経済的視点を優先する方針が色濃く感じられます。このような政策から、不法移民の入国制限を進める一方、家族ベースの移民制度からスキルベースの移民制度への移行、すなわち就労ビザの拡充を期待する声も上がっています。
これらの政策がどの程度実現されるかは、予算上の制約、法的課題、経済状況(失業率が高ければ移民反対の声が強まり、低ければ労働力確保のため移民政策が正当化される)、さらには中間選挙を見据えた世論動向など、多くの要因に左右されることまれます。そのため、今後の展開をさまざまな角度から注視していくことが求められます。
パートナー弁護士
Tel: +1-310-324-6890 Email: erikohiga@tomitalawoffice.net
ミシガン大学ロースクール卒業。在学中は同ロースクールの国際法学雑誌でマネージング・エグゼクティブ・エディターを務め、米国連邦第六巡回区控訴裁判所の裁判官のもとで法務経験を積む。日本、南米、米国で移民として育った経験と語学力を活かし、日本企業向けの移民法務に従事。 企業クライアント向けに、就労ビザ、研修ビザ、出張ビザ、永住権申請に関する手続きやコンプライアンスのアドバイザリーを提供するほか、実業家、アスリート、アーティストなど個人のビザ申請や永住権取得を支援するなど幅広い分野で法務支援を展開している。米国移民政策の動向に関する記事を各種ウェブマガジンに定期的に寄稿し、日系企業向けセミナーでの講演活動も継続的に行っている。